中国の秦代に司馬穰苴
『司馬法』(しばほう)は、中国の秦代に司馬穰苴によって書かれたとされる兵法書である。武経七書の一つ。司馬という名称は周代の軍部をつかさどる官名で、それが後に姓名になったものである。この本の主人公の司馬穰苴は斉人で氏は田(つまり田穰苴)であり、斉の景公に任じられ大司馬の職についたので司馬穰苴と呼ばれるようになった。そもそも、斉は兵法の開祖といわれる太公望が作った国であり、春秋戦国時代では兵法や学問が盛んに研究されていた。有名な孫子も斉人である。司馬法が成立するきっかけになったのは、斉の威王が古くか斉に伝わる兵法を駆使して斉を強国にしたという経緯の元に、兵法の大切さに気づき、家臣たちに命じて、古くから伝わる斉の兵法を研究させ、それに司馬穰苴が作った兵法を付け加えて『司馬穰苴の兵法』としてまとめたというのが有力な説である。本の構成仁本天子之義定爵厳位用衆現存は五篇。もともとは百五十五編。呂尚(りょしょう)は、紀元前11世紀ごろに活躍した周の軍師、後に斉の始祖。姓は姜、氏は呂、名は尚または望、字は子牙または牙。謚は太公。
update:2009年09月05日
